「受験を終えて」杉本 晟太郎(弐分方小)穎明館中、八王子学園中特待合格

受験を志し始めたのは4年生の冬からだ。理由として、文化祭に何度も足を運び、私立の学校に魅力を感じていたからだ。そして塾に通うことにした。一人一人を個別に教え、自分の苦手を克服できそうな中央義塾に通うことにした。中央義塾では自分のわからないところを納得のいくまで教えてもらい、どんどん実力を身に付けていったので実力に応じて志望校を変えた。

しかし、ここからが試練の始まりだった。十月ごろに初めて第一志望の過去問を解いてみたが3割取るのがやっとだった。しかし、身近な人の支えによってだんだんと問題が解けるようになっていった。そして冬期講習からラストスパートをかけたが一歩及ばずという結果だった。でも通いたかった中学にも合格でき、もう一つは特待生もとることができた。 

峯尾先生をはじめ、塾の先生方には感謝の気持ちでいっぱいだ。これから中学校生活が始まり、大変なこともあると思うけど、受験の経験を生かしてもっと頑張っていきたいと思う。中学校で好きなことをのびのびとしていきたい。

 「感謝」小林 幹太(城山中)明中八王子高合格

 学習意欲のない私の意識を変革したのは、間違いなく周囲の人間の期待である。この期待は自分に負担という形でのしかかるように捉えられることが多いが、そうではない。私が受験生としての日々の中で学んだ事は、「応援は背中を押し、支える。」という事である。私が勉強する意義を初めて見つけたのは祖父母の期待に応えるためであった。誰であろうと、人は誰かに想われ、応援されている。それが自分にとってどんな人物なのかは一切関係ない。「応援は力になる」という言葉があるが、実際はこれほど直線的な話ではない。例えば、ある男性に彼女が居るとしよう。「頑張って」と一言で誰かに力を与えられるか。大半の女性はそんな強さを持っていないだろう。では何が力となっているのか。それは応援に呼応しようとする男性の精神である。当事者間で起こるそれぞれの心情を汲み取り、合格という形として届けるために努力するような間接的な意味を持ち始めた上にようやく力となってその人へと伝わる。力の変換とは、人間特有の素晴らしい能力であると学んだ。

 ここからは塾への感謝を書いていきます。私は、一・二年と連続して勉強と正面から向き合う事を避けてきました。いつかやらなければいけなかった。その起点として機能してくれたのが中央義塾だと思います。中央義塾では、基礎をしっかりと固めた上で標準から応用へと段階的に推進していくため、個人に合った勉強のプランを提供しています。こういった面でも非常に取り組み易い環境であると言えます。こういった場に身を置けていた事に感謝して、今後の日々を過ごしていきたいです。また、これまで支えて下さった講師の方々に対しても感謝申し上げます。とはいえ、今まで支えて下さった物を全て返す事は中々難しく、大変です。そのため、どんな形であっても少しずつ時間をかけてこのご恩は必ず返したいと思います。今まで本当にありがとうございました。